桜と食の安全と


 

桜の樹の下には屍体が埋まっている!
 これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

 梶井基次郎のあまりにも有名な小説の冒頭の一節。日本人は桜が好きである。いつもはどちらかというと閑散とした感じの公園に人があふれていた。みな思い思いに満開の桜を見つめている。
 
 昔、先輩に教えてもらった番組に「桜紀行 もう一つの名金線」というドキュメンタリーがあった。1984年の放送。名古屋と金沢を結ぶ国鉄バス名金線沿線に桜を植え、太平洋と日本海を花で結ぶのを夢みていた国鉄バス車掌の物語だ。35歳で思い立ち、47歳で亡くなるまで、何かに取りつかれたように植え続けた2000本の桜は、名金線の沿線に見事な花を咲かせ、人々にささやかな春を届けている、そんなストーリーだった。
まるでロードムービーのようにカメラは名金線を北上していく。次々に姿を見せる桜達とその桜を愛でる人々。初めて見たとき、たんたんとした物語の途中で、ふいにぐっときてしまったことを覚えている。
 ただ桜を植え続けた無名の人生と、その桜を植えた男性に感謝し続けているもう一方の無名の人生の交錯が、まだ20代半ばだった僕には、あまりにも切なくて深々としたもにに見えたのかもしれない。

 夜はNHKスペシャル「食の安全をどう守るのか」を見る。毒入りギョーザ事件に端を発する、食の安全をめぐる最前線の現場からのリポート。「食の安全」をどう守るのかというテーゼは、経済的な行為も含めて、現代人がどのようなライフスタイルを選択するのかということに尽きるのだろう。