帰郷

 野暮用があって実家に少しだけ帰る。何年か前、初めて訪れた妻が「中国の田舎みたい」といった本当に何もない故郷ではあるが、その変わらぬ姿が、胸に沁みるようになった。
 帰郷しても、旧知の人達とは殆ど没交渉なのだが、今回は、一人の幼なじみと偶然出会った。妻帯し3人の子宝に恵まれて、幸せそうだった。心の奥底で、とても懐かしい、暖かな気持ちがこみ上げてくる。
 故郷には仕事がそんなにはないので、幼なじみも「厳しいよ」と苦笑していたが、都会に寄生して生きるしかない僕の灰色がかった価値基準とは別の幸福の尺度があり、子ども3人の手を力強く引きながら「晩飯だから帰るか」といって若い妻と寄り添うように歩く後ろ姿には「生活者の矜持」が感じられ、格好良い夫であり父親だった。
 翌朝、タケノコが採れたと言って、たくさん持ってきてくれる。足早に過ぎてしまった時間が巻き戻るようだ。

 そんなこともあり、いろいろなことを確かめたくなって、一人暮らしをしていた高校時代に通い詰めた定食屋に行ってみる。野球部の同級生と通ったその店は、破壊的なボリュームにもかかわらず、味もよく安いので、いつも賑わっていた。もう20年近く前なので無くなっているかもと思って訪ねると、当時と全く変わらぬ佇まいで存在した。

メニューも値段も変わっていないが、もう食べきれる年齢ではなくなっていた。

僕の横の高校生たちは、何事でもないように、たいらげていた。時は流れるのである。