取り返しのつかない人生

 最近、空港や駅で本を買う機会が多く、街場の本屋での時よりも長考がないので、失敗も多いのだが、村上春樹訳の「ロング・グッドバイ」は当然ながら成功だった。
 1年ほど前、久しぶりに清水俊二訳版を読んだときに、10代や20代で読んだ時とは全く別の趣きがあり、それは、テリー・レノックスやロジャー・ウェイドといった登場人物の「人生の取り返しのつかなさ」のようなものが、30代の自分にもしみじみと感じられるということに他ならなかった。浅い読書しか出来ない僕にとって、昔の読書のさいにそこまで深い感慨がなかったのは、フィリップ・マーロウの格好の良さを感じた程度に過ぎなかったからに違いない。

 何年か前に村上版「長いお別れ」が出た時に、「まあ清水版も読んでるから・・・」とスルーしていたのだが、僕にとっては村上版の方が、さらに「人生の取り返しのつかなさ」が心に迫ってきた。全編に「崩壊」の予感が、研ぎ澄まされているのである。

 同じく駅買いしたものでは佐藤幹夫自閉症裁判」も秀逸だった。文庫本を買ったら、家に単行本があり、物忘れのひどさを呪った。それもひとつの30代である。

自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の「罪と罰」 (朝日文庫)

自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の「罪と罰」 (朝日文庫)