夏の少年たち

 甲子園で全国高校野球選手権が開かれているちょうど同じ時期に、全国の様々な場所を取材で訪れた。駅や空港に降り立つと、きまって地元の出場校に声援を送る垂れ幕が掲げられている。街を歩くと、ショールームのテレビから野球中継が流され、数人が立ち止まって見やっている。居酒屋に入ると、新聞社が配布するトーナメント表が張られ、おらが県の高校の戦いぶりの選評が喧しい。日本の夏なのである。

 東北の街を訪ねたとき、駅近くに古本屋があって、ワゴンの100円均一本の中に、山際淳司の「ルーキー」を見つける。甲子園史上屈指の打者、清原和博西武ライオンズに入団したその1年目の日々を追ったノンフィクションである。プロ1年目から圧倒的な存在感を発揮した清原の姿をあますことなく描いて鮮やかなこの本の中に「夏の少年」たちという一章があり、甲子園で清原と対峙した球児たちが描かれている。他者の視線で主人公を立体化させる趣きで、テレビドキュメンタリーでも主人公の描き方が薄弱な場合などによく用いられる手法だが、山際氏が描く少年たちの「表情」がとても良い。20点差以上という屈辱的な負け方をした山形のチームの捕手は、清原がらっきょうが嫌いだと知って、彼がバッターボックスに入ると「らっきょう、らっきょう」と唱え続けたという。エースでありながらPL学園との決勝戦のマウンドに立てなかった左腕投手は、レフトのポジションで試合の行方を見守りながら「自分のチームは清原に打たれて負ければいい」と思っていたと語る。
 もう25年近く前の夏、たしかに日本の少年達の中心に「キヨハラ」がいて、その年は確かに特別な夏だったのだという感慨が、しみじみと湧いてくるのだ。

 ことしの甲子園は将来性豊かな球児が目白押しだったと言われるが、彼らの中にも「キヨハラ」がいて、少年たちにとっても、この夏は人生の中で特別なものになるのだろう。

ルーキー (角川文庫)

ルーキー (角川文庫)